mixiは私にとって「もうひとつの学校生活」だった

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前の記事で、mixiについて冒頭で書いておきながらそれ以降一切言及しないという失礼をかましたので、私にとってのmixiで一記事書いておこうと思います。実はmixiは、私の「あこ」という名前が生まれたターニングポイントとも呼べる「居場所」でした。

2007年、私は18歳でした。当時まだ18歳未満は利用ができなかったので、大学入学と同時にmixiの利用がスタートしました。あと、まだ「招待制」でした。知人からの招待をされないと、参加できない制限がありました。懐かしいですね。

12年間を同じ学校で過ごし、まったく新しい環境というのは大学が初めて。そんなとき見つけたのが、同じ大学に入学する同級生たちが作ったコミュニティでした。そこでは「入学初日に、みんなで集まろう」というイベント告知がおこなわれていました。

新しい環境に少なからず不安を感じていた私はそこで数名とメッセージで交流をし、実際に初日に20人程度で集まって食事をしました。そのとき出会った数名は、今でも連絡を取り合い、頻繁に会う仲間です。

その頃GREEもありました。その頃のGREEはmixiとそっくり(まだ「ソーシャルゲームのGREE」ではなかった)ではあったものの、招待制ではないSNSで、私の周りでは「あまり活性化していない上に招待制ではないから危ない気がするSNS」という印象で知られていた記憶があります。

あの頃のmixiは、「招待制だから信頼できるサービス」と18歳以上しか利用ができないゆえの「僕たち・私たちのためのSNS」という印象があった気がします。

今では15歳未満・招待不要という環境になり、タイムラインやらつぶやきやらカレンダーやら、機能としては嬉しいけどmixiにはいらない二番煎じ要素がどんどん増え、なんというか闇鍋SNSといった印象です。

私のmixiのスタートは大学入学と同時で、さらにその主な用途が同じ大学の同級生との交流であったため、日記には大学での出来事を書き、そこには大学の友人たちからのコメントがつき、友人たちと遊んだときの写真を共有し、公開範囲は「友人までの公開」。

そこには「もうひとつの学校生活」がありました。大切な記録です。卒業アルバムより価値があるものです。

あと、面白かった特徴としては、お互いが何者かを実際に会って知っているのに、使用する名前はハンドルだという点。よくこの特徴は他でも挙げられていますが。あれはなぜだったのでしょうね。でも、あの不思議な決まり事のおかげで、なんだかサービスに愛着があった気がするのです。

私は現在24歳ですが、ちょうどその前後の世代にとって、mixiは青春そのものだったのではないでしょうか。おそらくそういった使い方をしていた人はたくさんいると思っていて、メディアでは「mixiは終わった」だの何だの言われていることもありますが、そうではなく、mixiど真ん中世代が「mixiを卒業した」のです。

以前の記事でmixiは「学校」という表現を用いましたが、まさに、もうひとつの学校生活であった「mixiを卒業した」のです。大事なことなので二度言いました。

mixiのアーリーアダプターであったりする、現在20代後半から30代の方々あたりは、また違った使い方をしていると思います。そういったお話もよく聞きます。でも今回は私の、同世代にとっての、mixiという青春時代のことを書きました。

今でもたまにmixiを開いたり、日記を更新したりします。それはなぜか。そこにはあの頃の学校生活が残っているからです。それに、まだmixiを利用している同級生はたくさんいます。正直「mixiは終わった」などと大声で言っているのは、少なくとも私の周りではインターネットに関わる仕事をされている方々ばかりです。

あと、これは今回の話とずれますが、私の母はmixiヘビーユーザーです。mixiを「居場所」として、mixiで出会った人たちと毎日コミュニティで、別の顔をして交流をしているようです。本名・本性は一切出さずに。(母は友人同士でLINEもヘビーユーズしているので、ちょっと特殊かもしれませんが)

mixiを利用する頻度は確かにぐっと減りました。しかしながら私は、「卒業アルバムを開くようにmixiを開く」のです。もうひとつの学校生活であったmixiをそっと開き、時折過去を振り返り、懐かしむのです。

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